噂に火をつけた決定的な契機の一つが、1997年のアテネ大会から25年間・通算13大会にわたってTBS系『世界陸上』のメインキャスターを務めてきた彼が、2026年オレゴン大会をもって同番組を勇退したことでした。
「織田裕二といえば世界陸上」と国民的に定着していた看板番組からの降板は、視聴者に強烈なインパクトを与えました。その際、一部のまとめサイトやSNS上で「病気の治療に専念するためではないか」「体力が続かなくなったのではないか」という根拠のない憶測が飛び交ったのです。
しかし、当時の局側発表や本人のコメントを精査すれば明らかな通り、これは番組の大規模改編に伴う円満な勇退でした。織田自身も「やり切った」という充実感を口にしており、後進にバトンを渡す区切りとしての決断であったことが証明されています。
さらに同時期、50代後半を迎えた織田がシャープな体型を維持していたことに対し、「頬がこけた」「急激に痩せた」というビジュアル面でのノイズが加わり、いつの間にか「激やせ=難病」という短絡的な図式へとネット上で書き換えられてしまったのが実態です。