坂本真綾が演じる珠世というキャラクターは、少年漫画の枠組みを超えた深みを持つ人物です。浅草編で初登場した際の珠世は、落ち着いた低音のアルトヴォイスと、どこか憂いを帯びた母性的な柔らかさで竈門炭治郎や禰豆子を包み込みました。助手の愈史郎(CV:山下大輝)が心酔するのも頷ける「聖母」のような佇まいこそが、初期の珠世のパブリックイメージでした。
しかし、物語が進むにつれて露わになるのは、400年前に鬼舞辻無惨に騙され、自らの手で夫と子供を喰い殺してしまったという凄絶な過去です。アニメ関係者の証言や当時のアニメ誌インタビューによると、音響監督は坂本に対して「単なる優しい女性ではなく、心の奥底で常に冷たい炎が燃え盛っているような抑圧された怒り」を要求したと伝えられています。
その真骨頂が発揮されたのが、柱稽古編の最終話から無限城編へと続く、産屋敷邸での無惨迎撃シーンです。無惨の肉体に拳を突き刺し、自ら開発した薬を注入しながら放った「鬼舞辻無惨、お前はここで死ぬのよ」という叫びは、それまでの知性的な珠世像を根底から覆す、まさに命を削るような咆哮でした。静寂から狂気へと一瞬で振り切れるこの演技力こそ、坂本真綾が珠世役に抜擢された最大の必然性であったと断言できます。