『愛唄』の誕生の舞台裏には、青春の輝きと将来への重圧が交錯する福島での濃密な日常がありました。当時のメンバー4人は、いずれも奥羽大学歯学部で国家試験合格を目指して猛勉強に励んでいた学生たちでした。昼間は白衣を着て臨床実習や解剖学の講義に追われ、夜は狭いワンルームの部屋でパソコンとマイクを囲み、手作りの防音ブースで楽曲を録音するという極限の二重生活を送っていたのです。
メンバーが後にドキュメンタリー番組や手記で語った愛唄 制作秘話によると、この楽曲は決して商業的なヒットを狙って書かれたものではありませんでした。作詞・作曲を担当したHIDEが、当時心から大切に思っていた特定の実在する女性へ「不器用でもいいから、嘘偽りのない本音をすべて伝えたい」という衝動からペンを走らせた私小説的な手紙そのものだったと明かされています。
プロのミュージシャンとしてのデビューが決まり、顔を出さずに歯科医師としてのキャリアと音楽活動を両立させるという前代未聞の決断を下した彼らにとって、自分たちの素性を隠しながらも「音楽だけは嘘をつかない」という覚悟が必要でした。「もしこれが最後の曲になっても悔いがないように」という切迫感こそが、あの飾らない言葉の数々を生み出した原動力だったと当時のレコーディング関係者は述懐しています。