音楽ファンの間で今も語り草となっているのが、この2人のコラボレーションが成立した劇的なタイミングと制作プロセスです。2012年当時、アウル・シティーことアダム・ヤングはすでに『Fireflies』の全米1位獲得によって確固たる地位を築いていましたが、新たなアルバム『The Midsummer Station』に向けて「明るく爽快な夏のデュエット曲」の構想を練っていました。
一方のカーリー・レイ・ジェプセンは、母国カナダからジャスティン・ビーバーのSNS拡散をきっかけに『Call Me Maybe』が世界的なバイラル現象を起こし始めていたまさにその瞬間でした。アダム・ヤングは当時のインタビューで、以下のように振り返っています。
「ラジオやネットで彼女の声を初めて聴いた瞬間、イノセントで突き抜けるような輝きに衝撃を受けた。まだ彼女が手の届かない大スターになりきる直前の、本当に絶妙なタイミングで連絡を取ることができたんだ」(当時の米ビルボード誌インタビューより)
驚くべきことに、楽曲の初期レコーディング段階で2人は一度も対面していません。ミネソタにあるアダムの自宅スタジオで制作されたトラックがメールで送られ、カーリーがツアー先のホテルや移動中のスタジオでボーカルを吹き込むという、完全なリモート体制で楽曲の骨格が完成しました。2人が初めて実際に顔を合わせたのは、ニューヨーク郊外のキャンプ場で行われたミュージックビデオの撮影現場だったというエピソードは、インターネット時代のポップミュージック制作を象徴する出来事として記録されています。