現役引退後、本名である白鵬翔としての新たな歩みが始まった。彼が最初に着手したのは、年寄「宮城野」の襲名と宮城野部屋の継承である。しかし、この名跡継承と師匠への道は決して平坦なものではなかった。角界の伝統と格式を重んじる日本相撲協会との間には、時に指導方針や親方像を巡って冷ややかな緊張感が漂っていた。
相撲協会が求める伝統的な親方像と、モンゴル出身として異例の成功を収めた白鵬が描く先進的な育成理念。その激しい温度差は、部屋継承の手続きや誓約書を巡るやり取りにも色濃く反映された。葛藤の末に掴み取った師匠の立場だったが、伝統と改革のはざまで揺れる角界のリアルな縮図がそこには隠されていた。