武豊と佐野量子との馴れ初めは、1980年代後半のテレビ番組共演に端を発します。当時、トップジョッキーとしてスターダムを駆け上がっていた武豊と、ふんわりとした癒やし系のキャラクターでバラエティやドラマに引っ張りだこだった佐野量子。当初は番組のゲスト同士という関係に過ぎませんでしたが、共通の知人を交えた食事会などを経て、武豊側からの熱烈なアプローチによって交際へと発展しました。
交際がスタートした当初から、武豊の競馬にかける情熱は凄まじく、デートの時間すら容易には確保できない過酷な日々でした。それでも佐野は不満を口にするどころか、危険と隣り合わせの職業に挑む武豊のメンタルを優しく包み込みました。後に関係者が語った武豊の結婚の決め手は、「どれほど過酷なレースで敗れた後でも、彼女の前に戻れば素の自分に戻って心から安らぐことができたこと」だったと明かされています。
1995年、2人はついに婚約を発表。この時、最も世間を驚かせたのは、芸能界で人気絶頂にあった佐野量子が「寿引退」を選び、完全に表舞台から退くという決断を下したことでした。佐野は記者会見で「これからは彼の夢を支えることだけに人生を使いたい」と穏やかな笑顔で宣言。華やかな芸能界への未練を微塵も見せず、武豊の本拠地である京都へ移り住み、アスリートフードの勉強から家事全般に至るまで、徹底したバックアップ体制を敷いたのです。この覚悟こそが、後の武豊の金字塔を支える原動力となりました。