「歌舞伎は血筋がすべてなのか、それとも実力主義なのか」という問いに対し、歌舞伎興行を長年取材してきた演劇記者や興行関係者の見解は極めて現実的です。結論から言えば、「スタートラインと演じられる役の幅は血筋で決まるが、劇場の主骨(看板)として生き残れるかは冷徹な実力(集客力と舞台成果)で決まる」というのが真相です。
歌舞伎座の筋書を開くと、巻末の役者名簿や興行のポスターにおける名前の配置(番付)には厳密なルールがあります。最上位に置かれる大看板(座頭級)は、興行成績に直結する動員力を持ち、なおかつ格式の高い名跡を継承した役者に限られます。十三代目市川團十郎白猿の襲名に際して見られた熱狂的な動員とメディア露出は、「團十郎」という名跡が持つ圧倒的なブランド価値と興行引率力を証明しました。しかし、どれほど名門の御曹司であっても、客席を埋めることができず、芸が未熟であれば、大作の主役を任され続けることはありません。
関係者の証言によると、松竹の興行幹部による配役会議では、伝統的な家格への配慮と同時に、プレイガイドの先行予約動向やSNSでの反響データ、後援会(贔屓筋)のチケット消化率がシビアに照合されています。血筋という切符を持たない役者が主役に抜擢される障壁は極めて高いものの、血筋の上に胡坐をかいた役者が自然と脇へ回される事例もまた、梨園の日常的な光景です。