Q1:「せきをしてもひとり」の季語は何ですか?
A1:この句に季語はありません。「せき(咳)」は冬の季語として扱われる場合がありますが、自由律俳句においては季節の情景を詠み込む意図を持たない「無季俳句」として作られています。季節という外部の背景すら排除することで、部屋の中に存在する「咳の音」と「自分ひとり」という事実だけを純粋に浮き彫りにしています。
Q2:尾崎放哉の代表作には、他にどのような自由律俳句がありますか?
A2:小豆島の南郷庵時代を中心に、数多くの名句が遺されています。
・「墓のうらに廻る」
・「足のうら洗へば白くなる」
・「入れものがない両手でうける」
・「こんなよい月を一人で見て寝る」
いずれも装飾を排し、日常の何気ない所作の隙間に忍び寄る孤独や無常を鮮烈に切り取った作品です。
Q3:尾崎放哉が最期を過ごした小豆島の「南郷庵」は現在も見学できますか?
A3:見学可能です。香川県小豆郡土庄町にある南郷庵の跡地には、現在「尾崎放哉記念館」が整備されています。放哉が息を引き取った当時の部屋が忠実に復元されているほか、直筆の原稿や書簡、愛用品などの貴重な資料が展示されており、彼が過ごした密室の空気感を肌で体感することができます。
Q4:尾崎放哉の死因と亡くなった年齢を教えてください。
A4:死因は肺結核および咽頭結核です。長年にわたる過度の飲酒と極貧生活による栄養失調が祟り、小豆島に入ってから急速に悪化しました。大正15(1926)年4月7日、南郷庵にて誰にも看取られることなく、41歳(満40歳)の若さで息を引き取りました。