事件発生直後、京都府警察は大規模な捜査本部を設置し、連日数千人規模の人員を動員して周辺の山林や河川、廃屋の捜索を展開した。警察庁も事態を極めて重く受け止め、広域重要指定事件に準ずる態勢で情報収集を急いだ。しかし、現場からは争った形跡も、男児が身につけていたはずの衣服や所持品すら一切発見されなかった。
京都特有の入り組んだ路地や山裾の地形が捜索を難航させたことは事実だ。だが、初動における最大の盲点は「身内による失踪偽装」と「第三者による突発的連れ去り」の双方を追う過程で、現場保存と初動聴取の優先順位が揺らいだ点にあった。遺留品が何一つ残されていないという事実は、犯人が極めて計画的に証拠を隠滅したか、あるいは男児が自らの意思で誰かについていった可能性を強く示唆している。警察組織の総力を挙げた捜索は、皮肉にも完全な膠着状態という最悪の結果を突きつけられることとなった。