視聴者の関心を最も引きつけたのは、主人公・猪爪寅子のモデルである三淵嘉子の実像と、ドラマ演出における乖離です。劇中の寅子は理不尽に対して「はて?」と直情的に疑問を呈する一本気な人物として描かれましたが、評伝や当時の関係者による手記を読むと、実際の三淵嘉子はさらに老獪で社交性に富んだ女性でした。
三淵嘉子は、1914年(大正3年)に台湾・シンガポール駐在などを経験したエリート商社マンの父・武藤貞雄と母・ノブの長女として生まれました。自著や生前のインタビューにおいて、彼女は「女性だからと甘やかされることも、あきらめさせられることもなかった」と述懐しています。父・貞雄は「女性も専門職を持って自立すべきだ」という進歩的な思想の持ち主であり、明治大学専門部女子部法科への進学を強く後押ししたキーマンでした。
ドラマと史実の最大の差異は、家族関係のリアルな軋轢にあります。ドラマでは岡田将生演じる星航一(モデルは初代最高裁長官・三淵忠彦の長男である三淵乾太郎判事)との再婚生活は、家族全員で悩みを共有しながら歩み寄る温かなプロセスとして描かれました。しかし、史実における乾太郎の連れ子たちとの生活は、壮絶な摩擦と妥協の連続でした。乾太郎の手記や関係者の回想によれば、すでに人格が形成されていた子どもたちと、多忙を極める女性裁判官・嘉子との間には埋めがたい心理的溝があり、嘉子自身も「継母としての無力感」に幾度も涙したと伝えられています。
また、劇中で描かれた家庭裁判所の設立過程においても、史実の三淵嘉子は単なる理想主義者ではなく、GHQの民情局(CAD)の担当者と対等に渡り合い、予算とポストを勝ち取る剛腕ぶりを発揮しました。「お嬢さん育ちの法学者」ではなく、泥臭い行政折衝をこなす実務家であった点こそ、彼女が司法界の頂点へと上り詰めた真の要因です。