平昌五輪以降、日本中を席巻した「もぐもぐタイム」や「そだねー」というフレーズは、カーリングの普及に大きく貢献した反面、選手たちに過度な「愛らしさ」「無邪気さ」を求める世間の視線を生み出しました。特にスキップである藤澤五月選手に対しては、「童顔でかわいい五月ちゃん」という固定化された眼差しが向けられ続けた事実は否めません。
スポーツ心理学および臨床社会学の観点からこのプロセスを読み解くと、2023年の肉体改造は、世間から押し付けられた受動的な偶像を打破し、自立したプロアスリートとしての「心理的バウンダリー(自他境界線)」を引き直す極めて健全な自己主張であったと解釈できます。
社会学において、女性アスリートがメディアによって「無害で庇護欲をそそるアイコン」として消費される現象は長年指摘されてきました。藤澤選手が選んだ「ビキニフィットネス」という舞台は、誰かの期待に応える笑顔ではなく、自らの限界まで筋肉を痛めつけ、脂肪を削ぎ落とし、圧倒的なフィジカルの強度を誇示する世界です。
「かわいい選手」から「鋼の肉体を持つ表現者」への激変。それは、他者の評価軸によって規定されていたセルフイメージを、自分自身の強靭な意志によって塗り替える行為でした。心理学でいう「自己決定理論」に照らせば、周囲の雑音を遮断して自らの肉体を極限までコントロールし切った経験は、プレッシャーにさらされ続ける勝負師としてのメンタルヘルスを飛躍的に強化させたはずです。