気管チューブのカフに求められる役割は、換気時のガスリーク(空気漏れ)を防ぐことと、口腔内分泌物や胃内容物の下気道への流入(誤嚥)を食い止めることの2点に集約されます。この目的を達成するための国際的なゴールドスタンダードがカフ圧基準値20〜30cmH2Oです。
なぜ「20」を下回ってはならず、「30」を超えてはならないのか。その理由は気管解剖学と生理学的血流メカニズムにあります。人間の気管粘膜を灌流する毛細血管の血流圧は、生理的におよそ30mmHg(約40cmH2O)とされています。もしカフ圧が30cmH2Oを超えて過膨張状態に陥ると、毛細血管の血流が阻害され、気管粘膜組織の虚血が始まります。
カフ過膨張の合併症と理由を直視すると、単なる粘膜発赤にとどまりません。日本呼吸療法医学会や関連学会の事故事例集でも度々指摘されている通り、持続的な過圧迫は気管壁虚血壊死のリスクと真相に直結します。虚血が進行すれば気管軟骨の融解、縦隔炎、気管食道瘻(TEF)、さらには抜管後の瘢痕拘縮による難治性気管狭窄を引き起こし、患者の生涯にわたるQOLを著しく損なう結果を招きます。
一方で、圧が低ければ安全かといえば、正反対の危機が待ち受けています。カフ圧が20cmH2O未満に低下すると、カフと気管壁の間に微小な間隙(マイクロチャンネル)が形成されます。ここからカフ上部に貯留した唾液や分泌物が下気道へと垂れ込み、カフ圧低下による誤嚥リスクが跳ね上がります。これが集中治療領域で最大の課題とされる人工呼吸器VAP予防策(人工呼吸器関連肺炎予防)における最大の落とし穴です。過膨張による組織損傷と、低圧による重症肺炎。この2つの脅威を天秤にかけ、極限のバランスを保つ防波堤こそが「20〜30cmH2O」という厳密な数値です。