本作を語る上で欠かせない概念が、劇中で熱狂的に語られる「エーテル(Ether)」です。中世ヨーロッパの錬金術や物理学において「空間を満たす未知の媒質」を指したこの言葉を、本作では「人間の魂を満たし、痛みを癒す絶対的なエネルギー」として再定義しています。
音楽プロデューサーの小林武史と、当時無名だった新人シンガーSalyu(リリイ・シュシュ役)によって生み出された楽曲群(『回復する傷』『共鳴(空虚な石)』『グライド』『アラベスク』など)は、登場人物たちにとって単なるポップミュージックではなく、生きるための宗教的酸素そのものでした。
精神医学的な観点から分析すると、本作におけるエーテルとは「解離性防衛機制のメタファー」に他なりません。凄惨な暴力や援助交際、家庭不和といった耐え難い現実から自我を守るため、意識を肉体から切り離して純粋な音響空間へと逃避させる心理プロセスです。しかし、エーテルへの過剰な陶酔は現実との境界線を曖昧にし、結果として星野を狂気へ、詩織を投身自殺へ、蓮見を凶行へと駆り立てる両刃の剣として機能しました。