インターネットの掲示板やSNS上で頻繁に見受けられる危険な俗説に、「猫は肉食動物で獲物を丸呑みするから、歯が抜けても問題なく暮らせる」というものがあります。
この言説は、「治療として安全に抜歯された猫」と「病気によって歯が抜け落ちた猫」を混同した完全な誤謬です。
動物病院で獣医師の手によって猫の抜歯手術が行われた場合、病巣が完全に取り除かれ、痛みの元凶が消え去るため、猫は術後驚くほど食欲を回復し元気に生活できます。キャットフードは丸呑みでも胃液で消化できるように作られており、歯がなくても健康維持に何ら支障はありません。
しかし、自然に抜け落ちたケースは全く別次元の危険を孕んでいます。表面の歯冠が取れたとしても、歯茎の奥底に感染した歯根や膿の袋が残留しているケースが極めて多く、激痛と炎症が24時間体制で猫を苦しめ続けます。これこそが猫の歯が抜けた放置のリスクの最も恐ろしい側面です。
口腔内の細菌は、傷ついた毛細血管を通じて絶え間なく全身の血流へと侵入します。この血流感染(菌血症)により、細菌が腎臓や心臓の内膜に付着し、不可逆的な慢性腎不全の急速な悪化や細菌性心内膜炎を引き起こすことが獣医学的に証明されています。歯の1本が抜けたことを軽視した結果、最終的に愛猫の寿命を数年単位で縮めてしまう事態になりかねません。
また、応急処置に関する誤解も根深く存在します。出血を見つけた飼い主が人間用の消毒液やガーゼで患部を強く拭う行為は、デリケートな粘膜を傷つけ、余計なパニックを誘発するだけで有害無益です。猫の歯茎の出血と対処法として飼い主ができる唯一の正しい行動は、口元を清潔な冷水で濡らしたコットン等で優しく押さえる程度に留め、速やかにプロの獣医師に診せることです。