フィンランドの国旗が現在の「シニリスティ」に定着するまでには、血で血を洗う過酷な試行錯誤がありました。そもそも、フィンランドの伝統的な象徴色は青と白ではなく、16世紀のスウェーデン統治時代から使われていた「赤と黄色(赤地に金色のライオン紋章)」だったのです。
1917年12月6日、ロシア革命の動乱の隙を突き、フィンランド議会はロシア帝国からの独立を宣言しました。この独立宣言直後に暫定的な国旗として掲揚されたのは、赤地に黄色のライオンを描いた旗でした。現在でもフィンランドの国章として残るこのデザインこそが、本来の国家シンボルだったのです。
ところが、独立のわずか2カ月後の1918年1月、国内は赤衛軍(社会主義勢力)と白衛軍(保守・ブルジョワ勢力)に分裂し、苛烈なフィンランド内戦が勃発します。親ロシア派の赤衛軍がソビエト・ロシアの支援を受けて掲げたのが「赤旗」でした。この凄惨な内戦により、国民の間で「赤色」は血と恐怖、そしてロシアによる共産主義的暴力のトラウマとして強く刻み込まれることになります。
内戦で白衛軍が勝利を収めた後、新政府内では「国旗から共産主義を想起させる赤色を完全に排除すべきだ」という世論が決定打となりました。そこで白衛軍の象徴カラーであり、トペリウス以来の伝統でもあった白と青をベースにした新デザインの公募が行われます。最終的に画家エーロ・スネルマン(Eero Snellman)とブルーノ・トゥッカネン(Bruno Tuukkanen)の2名が手がけた案が採用され、独立の翌年である1918年5月29日、白地に青の十字旗が正式なフィンランド国旗として法律で公布されました。