井筒部屋の歴史を語る上で欠かせないのが、大相撲史に燦然と輝く「井筒三兄弟」のドラマと、弟・寺尾が創設した錣山部屋との深い関係です。
旧井筒部屋を隆盛に導いたのは、先代にあたる14代井筒親方(元関脇・鶴ヶ嶺)。その実子として育ったのが、長男・鶴嶺山(十両)、次男・逆鉾(関脇)、三男・寺尾(関脇)の三兄弟でした。美男子力士として社会現象を巻き起こした寺尾と、もろ差し名手として鳴らした逆鉾は、切磋琢磨しながら部屋を盛り立てました。
父の跡を継いで15代井筒となった逆鉾に対し、弟の寺尾は2004年に分家独立して「錣山部屋(しころやまべや)」を創設。井筒部屋の伝統的な突っ張りや速攻相撲をベースにしながらも、科学的トレーニングを取り入れた独自の指導法で関脇・豊真将や小結・阿炎らを育て上げました。
「兄弟でありながら、土俵指導の哲学においてはライバル」という緊張感ある関係が続いていましたが、プライベートでは深い家族愛で結ばれていたことが知られています。逆鉾が病魔に倒れた際、誰よりもその回復を祈り、遺族を支えたのは寺尾でした。しかしその寺尾自身も、兄の死からわずか4年後の2023年12月、不整脈のため60歳の若さで亡くなりました。
かつて両国界隈を沸かせた「井筒三兄弟」の血筋を持つ親方が相次いで鬼籍に入ったことで、昭和から平成にかけて一大勢力を誇った「井筒ファミリー」の土俵生活は、歴史の1ページとして完結したと言えます。