日本プロ野球(NPB)において、パ・リーグ指名打者の歴史は1975年シーズンに遡ります。当時、巨人戦を中心に圧倒的な人気を誇っていたセ・リーグに対し、パ・リーグはスタンドの過疎化と観客動員数の低迷に激しく喘いでいました。打開策として「迫力ある打撃戦によるファン獲得」と「投手の負担分散」を掲げ、アメリカのアメリカン・リーグ(1973年導入)に追随する形で舵を切ったのが発端です。
一方、半世紀近くが経過してもセ・リーグ導入しない理由には、根強い伝統主義と戦術観の衝突があります。セ・リーグ首脳陣やファン層の間には、「投手が打席に立ち、送りバントや代打のタイミングを計る駆け引きこそが野球の真髄である」という哲学が色濃く残っています。投手に打順が回る場面での代打起用、それに伴う継投の判断、あるいは「ダブルスイッチ」と呼ばれる守備位置変更など、9人野球特有の采配の綾を失いたくないという現場の意向が採用拒否の拠り所となってきました。
定期戦やポストシーズンにおける運用も明確に分かれています。交流戦DH制や日本シリーズ指名打者ルールでは、原則として「ホームチーム(主催球団)が所属するリーグの規則」が適用されます。つまり、パ・リーグの本拠地で開催される試合ではDH制が採用され、セ・リーグの本拠地では投手が打席に立つという二面性を維持し続けています。