なぜ小沢一郎は総理にならなかった?「壊し屋」と呼ばれた権力者の真実

なぜ小沢一郎は総理にならなかった?「壊し屋」と呼ばれた権力者の真実

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Q1:小沢一郎が総理になれなかった最大の理由は何ですか?
A1:最大の理由は、1991年の首相打診を自身の健康不安や「影の権力者」としての戦略から自ら辞退したこと、そして2009年の政権交代直前に政治資金規正法違反(西松建設・陸山会事件)の疑惑が浮上し代表辞任を余儀なくされたことにあります。

Q2:小沢一郎はなぜ「壊し屋」と呼ばれたのですか?
A2:自民党を離党して55年体制を終わらせただけでなく、新生党、新進党、自由党、民主党など、自らが主導して作った政党や連立政権を対立や再編の過程で解体させてきた経緯から、その名が定着しました。

Q3:海部内閣のとき、小沢一郎はどんな権力を持っていたのですか?
A3:自民党幹事長として人事・資金・政策決定の主導権を完全に掌握していました。首相である海部俊樹を後ろから操る「影の総理」として、湾岸戦争時の資金拠出問題や国会運営などを事実上一人で差配していました。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。