1992年8月、韓国・ソウルのオリンピックスタジアムで開催された合同結婚式において、桜田淳子の配偶者に選ばれたのは、福井県敦賀市で機械製造会社を営んでいた東伸行氏でした。当時、人気絶頂期にあった大スターが、教団の教祖によって指名された初対面の男性と結ばれるというニュースは、日本中に前代未聞の衝撃を与えました。
結婚後、彼女は福井県へ移り住み、表舞台から姿を消しました。その後、夫の事業環境の変化や子供たちの教育環境を考慮し、関西圏などを経て都内へ転居。この間、女性週刊誌を中心に「価値観の不一致」「事業の行き詰まりによる別居」「教団への献金をめぐる対立」などを理由とした夫との離婚疑惑の真相が幾度となく書き立てられました。しかし、これらの報道はいずれも憶測の域を出ていません。
実際のところ、夫婦関係の破綻を裏付ける客観的な事実や調停・裁判の記録は存在せず、現在も同じ屋根の下で生活を共にしています。夫の体調管理を献身的に支え、家庭内でのパートナーシップは固く維持されているのが実情です。
また、桜田淳子の夫と子供の現在に目を向けると、夫婦の間には1男2女、計3人の子供が誕生しました。長男、長女、次男ともにすでに30代前後の大人へと成長し、それぞれ社会人として独立を果たしています。子育ての最中、彼女は芸能人であることを一切誇示せず、学校のPTA活動や地域の行事にも積極的に参加していました。子供たちが無事に成人し、巣立っていった現在、夫婦二人の時間を穏やかに分かち合う段階へとシフトしています。