1920(大正9)年に栃木県の農家に生まれた船坂弘は、幼少期から卓越した身体能力を備え、陸軍入隊後は歩兵第59連隊第1大隊の分隊長として頭角を現しました。特に銃剣術と射撃の腕前は群を抜いており、部隊屈指の精鋭として信望を集めていました。
運命の転換点となったのは1944年9月に勃発したアンガウル島の戦いです。ペリリュー島攻略の足がかりとして米第81歩兵師団が上陸したこの島で、日本軍守備隊は約1,200名に対し、米軍は2万人以上という圧倒的な戦力差でした。猛烈な艦砲射撃と航空爆撃が島を覆い尽くす中、船坂率いる分隊は擲弾筒や銃撃を駆使し、押し寄せる米軍に激しい抵抗を続けました。