教団と著名人の関係を語る上で避けて通れないのが、1980年代の甲子園を席巻した「KKコンビ」こと桑田真澄氏と清原和博氏の存在です。彼らがパーフェクトリバティー教団の信者であったのかどうかは、知恵袋やSNSなどで現在も議論が絶えません。
結論から言えば、彼らを「教義を信奉して集まった純粋な信者」と捉えるのは実態と大きく乖離しています。当時の選手勧誘や進路選択の実情を紐解くと、清原氏は関西の強豪校である天理高校(天理教系)とPL学園のどちらに進学するかで真剣に悩んだことが広く知られています。その際、上級生優先の慣習が色濃かった天理に対し、「1年生であっても実力があれば普通に練習に参加させ、試合で起用する」という実力主義の野球環境を提示したPL学園を選択した経緯が自著や関係者への取材でも明かされています。
確かにPL学園は教団の敷地内にあり、野球部員を含めた全生徒が学寮で生活し、朝夕の拝礼や「お祈り」の実践、教理の学習が日課に組み込まれていました。しかし、これは全寮制学校としての集団規律および教育課程の一環であり、部員たちの動機は純粋に「プロ野球選手になるため」「甲子園で全国制覇を果たすため」でした。当時の過酷な練習環境と寮生活を耐え抜くための精神的支柱として教団の施設や教えを利用した側面はあっても、卒業後に熱心な布教活動に携わっている元プロ野球選手はごく稀です。