本作の解釈をめぐっては、ネット上で一部事実と異なる言説や曲解が散見されます。楽曲の本質を損なわないために、代表的な二つの誤解を正しておく必要があります。
第一の誤解は、「この曲は特定の女性へ向けた純粋な復讐・恨み節である」という見方です。感情の激しいフレーズを断片的に切り取ると、相手への当てつけのように受け取られることがありますが、楽曲全体を通底しているのは徹底した自己省察と相手への敬意です。相手を責めているように見える言葉の刃は、すべて自らの未熟さへと跳ね返っており、攻撃性ではなく哀切の表現であることが文脈から明らかです。
第二の誤解は、「アルバム『絶体絶命』の世界観から切り離された単なる余談的な曲」という捉え方です。確かにオリジナルアルバムには収録されませんでしたが、この時期に書かれた『だいじなこと』に見られる「身体性への着目」や「命の有限性」といったテーマは、その後の『DADA』や『狭心症』といったバンドの代表作へと直結する重要な思想的結節点となっています。カップリング曲だからと軽視することはできず、むしろRADWIMPSの音楽的進化を辿る上で不可欠なピースです。