Q1:馳浩は現在もプロレスラーとして定期的に試合をしていますか?
A1:定期的な試合出場は行っていません。2006年の公式引退以降、数年に一度のビッグマッチやメモリアル興行(武藤敬司引退ロードなど)に限定的な特別ゲストとして参戦するスタイルを取っています。現在の本職は石川県知事であり、県政運営が最優先とされています。
Q2:必殺技のノーザンライト・スープレックスは馳浩が世界で最初に使った技ですか?
A2:はい、公式な創始者は馳浩です。1987年12月27日の小林邦昭戦(両国国技館)で初披露されました。カナダ・カルガリーでの修行時代、アマチュアレスリングの技術を応用して考案されたもので、極夜に輝く北極光(ノーザンライト)にちなんで命名されました。
Q3:なぜ石川県知事選挙に当選した後もリングに上がったのですか?
A3:長年の盟友である武藤敬司の引退に際し、現役時代を共に駆け抜けたパートナーとしての強い要請があったためです。また、自身の原点であるプロレスへの感謝と、生涯鍛錬を続けるアスリートとしての生き様を有権者やファンに示す意味合いが込められていました。
Q4:新日本プロレスを退団して全日本プロレスへ移籍した本当の理由は何ですか?
A4:2000年に三沢光晴らが離脱してNOAHを設立した際、老舗である全日本プロレスが経営危機に陥ったことが最大の要因です。全日本の存続を強く願っていた馳は、政治活動と両立させながら武藤敬司らを全日本へ導き、団体再建の架け橋となる道を選びました。