興味深いのは、「みじめ」と感じる感情の源泉が、夫婦自身の内発的な不幸からではなく、外部との比較から生まれるケースが大半だという点だ。人間は社会的動物であり、他者の生活様式を基準にして自分の幸福度を測ってしまう悪癖から逃れるのは容易ではない。
スマートフォンの画面を開けば、運動会の写真や家族旅行の思い出がタイムラインを埋め尽くす。それらの眩しい光景を眺めているうちに、自分たちの静寂なリビングルームが急に殺風景に思えてくる。これが「比較による惨めさ」の正体だ。自分たちが選択した人生の豊かさ——時間的な自由、キャリアへの集中、二人の濃密な対話——よりも、「手に入らなかったもの」の影ばかりが大きく見えてしまう認知の歪みが生じているのだ。