日本を代表するシンガーソングライター同士の馴れ初めは、1970年代後半のレコード会社「RCAレーベル」時代に遡ります。1978年にデビューした竹内まりやに対し、すでにシュガー・ベイブを経てソロとして活動していた山下達郎は、スタジオワークの職人的なアレンジャーとして制作現場に関わっていました。2人の年齢差は約2歳(山下達郎が1953年1月生まれ、竹内まりやが1955年3月生まれ)であり、世代的な音楽体験をほぼリアルタイムで共有していたことも大きな共通項でした。
当初は仕事仲間の一人に過ぎませんでしたが、急激なアイドル的人気による過密スケジュールや制作環境に悩んでいたまりやの良き相談相手となったのが達郎でした。当時の特番インタビューや手記によれば、センチメンタル・シティ・ロマンスや大貫妙子、杉真理ら共通の音楽仲間を交えた交流のなかで、達郎の音楽に対するストイックな姿勢と飾らない人柄に惹かれていったと述懐されています。
その後、まりやの一時的な音楽活動休止期間を挟み、約2年間に及ぶ同棲生活をスタートさせます。そして1982年4月に結婚を発表しました。結婚の理由について達郎は後に「音楽的な趣味や価値観が一致していただけでなく、人としての生活感覚やモラルが驚くほど共通していた」と明かしています。華やかなスポットライトを浴びる表舞台にいながら、日々の暮らしや人間関係においては極めて堅実で地に足のついた感覚を共有していたことが、生涯の伴侶となる決定打でした。