耳に残るあの名フレーズ「やる気元気井脇元ネタ」は、議員当選時に突如生まれたものではありません。彼女の原点は、1970年代から主宰していた青少年育成運動「少年の船」や、参議院選挙に挑戦した1990年代に遡ります。1995年に著した『ノブ子奮戦記 元気なイワキ参議院選ファイト35日』(行研出版局)の時点で既にその萌芽は見られ、自らの代名詞として30年以上にわたり叫び続けた渾身の魂の叫びでした。
井脇ノブ子経歴を振り返ると、その半生は波瀾万丈そのものです。大分県佐伯市の極貧家庭に生まれ、幼少期から家族を養うために必死で働いた彼女は、水泳で頭角を現して別府大学へ進学。その後、日本青年団協議会での活動を経て「青少年に夢と根性を与えたい」と一念発起し、大型客船をチャーターして青少年を洋上へ連れ出す「少年の船」事業を成功させました。
そして2005年、小泉純一郎首相が仕掛けた「郵政解散」の衆院選において、自民党公認として大阪11区から出馬。鮮やかなショッキングピンクのスーツに角刈りのようなショートカット、トレードマークの太眉でマイクを握り、「やる気、元気、井脇!」と絶叫する姿はワイドショーを独占しました。「井脇ノブ子小泉チルドレン」の象徴として比例復活当選を果たし、一躍時の人となったのです。自著『やる気 元気 いわき 根性一代夢の花』(ヒカルランド)に記されている「人間、根性さえあれば何でもできる」という言葉は、まさに彼女の生き様を体現した井脇ノブ子名言として今も語り継がれています。