武名をとどろかせた最大の契機は、東北を舞台に繰り広げられた激闘にある。父である源頼義とともに挑んだ前九年の役では、出羽の豪族を巻き込んだ高度な外交戦と、地形を完璧に把握した遊撃戦で敵を追い詰めた。弓矢の名手としての個人的な武勇ばかりが強調されがちだが、実際の彼は極めて冷静沈着な軍事ストラテジストであった。
続く後三年合戦においては、雁の群れが乱れて飛ぶ様子を見て敵の伏兵を察知したという有名な逸話が残る。最新の戦術研究によれば、これは直感ではなく、徹底した野外観察と緻密な情報収集に基づいた軍事合理的判断であったと裏付けられている。苛烈な冬の東北で兵士の士気を維持し続けた圧倒的な指揮権の掌握力は、現代の軍事史研究者をも唸らせるレベルだ。