山本寛氏の名がアニメファンに強烈に刻み込まれたのは、京都アニメーションに所属していた2000年代半ばのことだ。演出を手掛けた『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディングテーマ「ハレ晴レユカイ」のダンス映像は、当時のネット文化と爆発的なシナジーを起こし、世界中で模倣動画が投稿される社会現象となった。
続く監督作『らき☆すた』は、後の日常系アニメというジャンルを決定づける期待作としてスタートした。しかし、わずか4話で「監督として、まだその領域に達していない」という前代未聞の理由により監督を交代させられるという衝撃の展開を迎える。この降板劇はアニメ業界のみならず、ネット掲示板を大いに騒がせ、ヤマカンという人物のドラマチックなキャリアの序章となった。