山々の稜線が美しく交錯する長瀞の地で、宝登山がどのような歴史を歩んできたのかを探るには、古代の神話へと時計の針を戻す必要がある。伝承によれば、第12代景行天皇の時代、皇子である日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の途次にこの山へと登破を試みたことがすべての始まりとされる。
山頂を目指す最中、突如として巨火が一行を襲った。絶体絶命の危機に瀕した日本武尊を救ったのは、どこからともなく現れた神犬たちだった。猛火を鎮め、一行を安全な山頂へと導いた神犬の姿に、神威を感じ取った日本武尊は、神武天皇と山神、火神を祀り、この地を「火止山(ほどさん)」と名付けたという。のちに「宝の山に登る」という縁起の良い漢字が当てられ、現在の宝登山神社へと引き継がれていった。
歴史・神社仏閣の愛好家たちがこの地を訪れて舌を巻くのは、単なる神話の舞台にとどまらない深い信仰の痕跡だ。火災盗難除け、そして商売繁盛や金運を呼び込む聖地としての格式は、千数百年の時を超えて今なお色褪せることなく脈々と受け継がれている。