インターネット上の掲示板やSNSでは、山本の出自に関して「中学校時代は軟式野球部で無名だった」「軟式出身から這い上がった苦労人」といった言説が時折語られます。「山本由伸 備前中学校 軟式野球」という検索クエリが根強く存在するのも、そうしたファンの先入観が背景にあります。しかし、これらは明確な事実誤認です。
実際の山本由伸 高校時代の経歴まとめを精査すると、備前市立備前中学校に在籍していたことは事実ですが、部活動の軟式野球部ではなく、中学生硬式野球の強豪クラブチームである「東岡山ボーイズ」に所属していました。中学時代から本格的な硬式球を握り、3年時には全国大会にも出場。当時から中国地方では名前の知られた有望株でした。
ではなぜ、軟式野球出身という誤解が広まったのでしょうか。その理由は、公立中学に通いながらクラブチームで活動する選手の報道において、出身校として「備前中」と表記されるケースが多かったこと、そして高校で甲子園に出場できなかった境遇が「無名公立中・軟式出身の下克上ストーリー」としてドラマチックに脚色されやすかったことに起因しています。山本は決して野球エリートのレールから外れていたわけではなく、早い段階から硬式球への適応を済ませ、自らの意思で宮崎の都城高校という厳しい環境を選び取っていました。