旧戸籍に「妾」が実在した衝撃の真相|明治の法制度と廃止の理由を徹底解説

旧戸籍に「妾」が実在した衝撃の真相|明治の法制度と廃止の理由を徹底解説

旧戸籍に「妾」が実在した衝撃の真相|明治の法制度と廃止の理由を徹底解説を徹底追究! 読者が気になる 情報と解説を凝縮して配信します。

「昔の戸籍には、本妻とは別に愛人が堂々と載っていた」という噂は、都市伝説ではなく紛れもない歴史的事実です。明治維新直後、明治新政府は全国民を漏れなく把握・管理するための戸籍制度構築に乗り出しました。その最初の大号令となったのが、1872年(明治5年)に編製された通称「壬申戸籍(じんしんこせき)」です。

当時の家族観は、封建的な武家社会の家父長制を色濃く引きずっていました。家の存続、すなわち「家督を継ぐ男子の確保」が絶対的な至上命題とされていた時代です。正妻が男子を産めない場合、家名断絶を防ぐために側室や妾を囲う行為は、道徳的非難の対象ではなく、むしろ「家の義務」として社会的に公認されていました。

こうした武家慣行を明治政府は近代法制にそのまま移植し、戸籍の筆頭者である戸主のもとに正妻(嫡妻)だけでなく、妾もひとつの「家」の構成員として同居させ、公的な続柄欄に「妾」と記入することを認めたのです。当時の記録では、主人の戸籍の中に本妻の名前と並んで妾の出自や姓名が堂々と墨書されていました。私的な男女関係を国家が公文書で公認・登録するという、現代では到底考えられない特異な法制度が実在したのです。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。