森見登美彦作品についてネット上で散見される最大の誤解は、「京都を舞台にした大学生の腐れ縁コメディばかりを書いている作家」という画一的なイメージです。しかし、これは初期の代表作のインパクトがあまりに強烈だったために生じた一面的なラベリングに過ぎません。
実際の作家の軌跡をたどると、作域の実験と拡張は極めて大胆に行われています。
誤解1:京都以外の作品はマイナーである
実際には、第31回日本SF大賞を受賞した『ペンギン・ハイウェイ』は郊外のニュータウンが舞台であり、少年の瑞々しい観察眼を通じた本格的なジュブナイルSFとして国内外で絶賛されました。また、『夜行』では京都を出発点にしつつも、金沢や尾道、津軽といった日本各地の夜の闇を舞台にした本格怪談小説を構築しています。
誤解2:ドタバタ喜劇のライトノベル的作風である
森見氏の執筆活動は、長年にわたる極度の「スランプ」と向き合ってきた歴史でもあります。自著のエッセイ集『ぐるぐる問答』などで吐露されているように、作品が書けなくなる苦痛や自己解体を経験した作家は、その苦悩を真正面から作品に転化させてきました。その結実が、執筆に10年以上の歳月を要した『熱帯』であり、自身の鬱屈や創作者としての迷妄をヴィクトリア朝の霧に投影した『シャーロック・ホームズの凱旋』です。単なるコメディ作家の枠に収まらない、現代日本文学屈指のメタフィクション作家としての顔を持っています。