キオス島の虐殺とは?ドラクロワ名画の真相と悲劇の歴史を徹底解説

キオス島の虐殺とは?ドラクロワ名画の真相と悲劇の歴史を徹底解説

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Q1:キオス島の虐殺はなぜ起きたのですか?わかりやすく教えてください。
A1:当時オスマン帝国の支配下にあったギリシャの独立戦争中、特権を享受して中立を保っていたキオス島に、隣のサモス島から反乱軍が勝手に攻め込みました。これに激怒したオスマン帝国軍が、帝国全土への見せしめとしてキオス島民を無差別に殺害・奴隷化したことが直接の原因です。

Q2:ドラクロワの絵画『キオス島の虐殺』はどこで見られますか?
A2:フランス・パリのルーヴル美術館のシュリー翼(ドゥノン翼と連結する大展示室「赤の間」)に常設展示されています。『民衆を導く自由の女神』やジェリコーの『メデュース号の筏』と同じフロアに位置し、世界中から訪れる鑑賞者の注目の的となっています。

Q3:ドラクロワは実際にキオス島へ行って虐殺の現場を見たのですか?
A3:いいえ、ドラクロワはキオス島へは一度も渡航していません。彼は新聞報道、脱出した生存者たちの生々しい手記、フランス人外交官の証言記録などを徹底的に読み込み、パリのアトリエで想像力を駆使して描き上げました。それゆえに現場の客観的スケッチではなく、画家の義憤とロマン主義的表現が色濃く反映されています。

山崎 陸
著者

山崎 陸

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