中国社会におけるマスクの歴史を語る上で欠かせないのが、2010年代初頭から深刻化したPM2.5による大気汚染問題です。当時の北京や河北省をはじめとする工業地帯では、視界が遮られるほどの激しいスモッグが発生し、一般的なサージカルマスクでは防ぎきれない微粒子を遮断するため、米規格「N95」や中国国家規格「KN95」に準拠した高機能防塵マスクが爆発的に普及しました。
この時期を通じて、中国の一般市民には「マスクは気密性とフィルター性能がすべてであり、命を守る防護具である」という強烈な共通認識が刷り込まれました。工事現場用のようなゴツい工業用マスクを日常的に街中で装着する光景は、当時の中国ならではの防衛策でした。
その後、世界的パンデミック期には「ゼロコロナ政策」のもとで公共交通機関や施設内でのマスク着用が厳格に義務化されました。しかし、2026年末の規制緩和以降、政府からの強制力がなくなると同時に、市民は一斉にマスクを外す選択を取りました。「必要だから着ける、不要になったら即座に外す」という徹底したプラグマティズムが、中国社会の行動様式を一貫して貫いています。