ヴィルヘルム2世の劇的な生涯を理解する上で避けて通れないのが、出生時に負った重い肉体的ハンディキャップです。1859年、逆子による難産で生まれた際、医師による無理な牽引によって左腕の神経叢(しんけいそう)が損傷しました。その結果、彼の左腕は右腕より約15センチ短く、筋肉の発達が著しく制限される麻痺を抱えることになります。
プロイセン王室において、身体的な欠陥は「武官としての不完全さ」を意味する致命的な問題でした。英国女王ヴィクトリアの長女であった母ヴィクトリア(愛称ヴィッキー)は、我が子の障害を極度に恥じ、幼少期のヴィルヘルムに激痛を伴う過酷な矯正器具の装着や、首の筋を切開する手術、さらには電気ショック療法などを強制しました。落馬を繰り返しても泣き叫ぶ彼を無理やり馬に乗せ直すといったスパルタ教育は、母に対する激しい愛憎と拭い去れない劣等感を植え付けます。
成長したヴィルヘルムは、動かない左腕を隠すために特注の軍服を身にまとい、常に軍刀の柄に手を置くポーズを崩しませんでした。虚勢を張り、軍事パレードに熱中し、大げさな演説で人々を威圧しようとした彼の「劇場型」の性格と自己顕示欲は、弱さを隠蔽するための防衛本能が生み出した産物だったのです。