テレビの世界で華々しい成功を収めた永六輔ですが、メディアの商業化や過剰な演出に疑問を抱き、次第に表現の主軸をラジオへと移していきました。「ラジオは1対1の対話である」という信念のもと、庶民の日常に寄り添う放送を続けたのです。
TBSラジオで1967年から2013年まで実に46年間にわたって放送された『誰かとどこかで』は、フリーアナウンサーの遠藤泰子との絶妙な掛け合いとともに、全国のリスナーから寄せられたお便りを紹介する伝説的ミニ番組でした。また、『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』では、政治批判から下町の職人の話題まで、歯に衣着せぬトークでリスナーを魅了しました。
自身の足で全国各地を歩き回る旅番組『遠くへ行きたい』(日本テレビ系)の立ち上げにも関わり、マイクを持って日本中を巡り歩いた永六輔。スタジオに閉じこもるのではなく、全国の農家、職人、名もなき生活者の声を拾い集めて電波に乗せる姿勢こそが、彼の真骨頂でした。