時代が下り、江戸時代に入ると、九相図の主役は貴族の女性から吉原遊郭の花魁や遊女へと移り変わっていきます。絵画や版本のなかで、きらびやかな打掛をまとった遊女が、次の場面では無残な死骸へと変貌を遂げる構図が定着していきました。
遊女が九相図の格好の題材とされた決定的な理由は、彼女たちが「現世の肉欲と官能の頂点」に君臨していた存在だからです。江戸の男性たちにとって、吉原の花魁は手が届かない憧れの対象であり、莫大な金と情欲が渦巻く場所のシンボルでした。しかし、その最高峰の美女であっても、死の瞬間からただの生ゴミ同然に腐敗し、最後は骨となって消えていく。
この「極上の美と官能」から「無残な腐敗と白骨」への落差が激しければ激しいほど、現世の快楽に溺れる大衆や僧侶に与える精神的打撃は大きくなります。遊女という存在は、現世の欲望の虚しさを説くための最も残酷で効果的な舞台装置として選ばれたのです。
また、当時の遊女たちが過酷な環境で若くして命を落とし、投げ込み寺へと無縁仏として葬られていった現実も無関係ではありません。華やかな表舞台の裏で常に死と隣り合わせだった彼女たちの境遇は、人々に生と死の表裏一体さを痛烈に突きつける契機となっていました。