篠原信一の強さの根源は、名門・天理大学時代に培われた。豪快な柔道スタイルと厳しい稽古で培った精神力は、日本代表の監督を務める際にも大きな背骨となった。監督として男子代表を率いた時代、厳しい指導の中に愛情を込めるスタイルは選手たちからも深く信頼されていた。
引退後は格闘技番組での解説やコメンテーターとしてスポーツメディアに引っ張りだことなった。プロ格闘技の興行からも熱烈なオファーがあったとされるが、彼は一貫して柔道家としての矜持を保ちつつ、スポーツの魅力を伝えるメディア人としての道を切り拓いていった。