千代の富士の快進撃を語る上で欠かせないのが、関脇時代に彼を襲った「左肩の脱臼癖」という致命的なアクシデントだ。一度脱臼した関節は外れやすくなり、巨漢がぶつかり合う土俵の上では死告宣告に等しい。普通の力士であればここで挫折し、土俵を去るのが常世の理だった。
しかし、彼は違った。自らの肩関節を守るために選んだ手段は、当時の相撲界では前代未聞だった「徹底的なウェイトトレーニングによる関節の補強」である。毎日腕立て伏せ500回以上を自らに課し、肩の周囲に鎧のような筋肉の壁を構築。183センチ、120キロ超の限界まで絞り込まれた筋肉質の体躯は、こうして誕生した。
この肉体改造こそが、通算1045勝という前人未到の記録を支える物理的・メンタル的基盤となった。前まわしを引き寄り切る「体配り」の速さと、全身の筋束が連動する爆発的な立ち合い。ウルフの強さの裏には、科学的アプローチと執念が融合した知られざる肉体革新の歴史が存在していた。