志尊淳のキャリアを語る上で、ひとつの到達点として語り継がれているのが映画『52ヘルツのクジラたち』です。町田そのこの本屋大賞受賞作を成島出監督が映画化した本作において、志尊淳は主人公・貴瑚(杉咲花)の人生に光をもたらす「アンさん」こと岡田安吾という極めて繊細かつ過酷な背景を持つ役柄を演じ切りました。
劇場公開当時、SNSやレビューサイトでは「志尊淳の佇まいだけで涙腺が崩壊した」「言葉の端々から溢れる優しさと痛みが胸に刺さる」といった絶賛の声が溢れ返りました。本作がこれほどまでに観客の涙を誘った最大の要因は、彼がトランスジェンダー男性としての葛藤や、他者への無償の愛という難度の高い心理描写に対し、一切の記号化を排除して挑んだ点にあります。
当時のインタビューや特番で明かされたところによると、志尊淳は撮影前に当事者への丁寧なリサーチと対話を重ね、外見の肉体改造のみならず、声のトーンや呼吸の深さに至るまで徹底的な役作りを敢行しました。自らの痛みを押し殺しながら他者を救おうとするアンさんの切実な眼差しは、観る者の心に深い爪痕を残し、彼の演技力が名実ともにトップクラスであることを世に知らしめました。