徳島の上流階級の家庭に育ち、東京女子大学で学んだ彼女の人生は、太平洋戦争と敗戦、そして狂おしい恋によって激動の渦へと巻き込まれていく。結婚後、夫の教え子であった年下の男性と運命的な恋に落ちた彼女は、幼い娘の泣き声を背中に受けながら家を飛び出した。「子どもを捨てた酷い母親」という刻印は、彼女の心に生涯消えることのない深い傷を残す。
世間からの嘲笑やバッシングが渦巻く中、彼女が生きていくための唯一の武器はペンだけであった。愛する者との別離や自己嫌悪に苛まれながらも、原稿用紙に向かい続けることでしか己の存在を証明できなかった。この地獄のような苦悩こそが、後年の日本文学史に深く刻まれることになる孤高の作家を誕生させたのだった。