日本国内での地位を確立しても、彼女の探求心が留まることはなかった。2000年代に入ると、彼女は活動の場を急速にアジア全域へと広げていく。特に台湾や中国との合作映画への出演は、当時の若手女優としては極めて挑戦的な選択だった。
中国語を猛勉強し、現地の撮影現場に単身飛び込む度胸。海外の巨匠たちとの仕事を通じて、彼女は演技の幅を国際的なスケールへと広げていった。『暗いところでインコを探す』や『愛する人に伝える言葉』など、異文化の風に晒されることで、彼女の表現はより深く、多層的な味わいを獲得していった。