この偉人の本質を、劇的な演出に逃げることなくスクリーンに定着させたのが映画監督スティーヴン・スピルバーグだ。彼が率いるドリームワークスを中心として製作された伝記映画『リンカーン』は、従来の英雄譚が好んで描いてきた聖人君子像を真っ向から解体した。
映画が焦点を当てたのは、憲法修正第13条の可決をめぐるわずか数週間の息詰まる攻防戦である。スピルバーグが描いたのは、高潔な理想を語る指導者ではなく、票を買収し、恫喝と懐柔を使い分け、泥水をすすりながら憲法改正へと突き進む政治闘争の怪物だった。映画業界において、興行的な成功が約束されにくい地味な政治劇をこれほどの熱量で描き切る試み自体が、ひとつの巨大な賭けであったことは想像に難くない。
ここにもまた、表現者の「意思」が宿っている。妥協を許さない脚本開発に10年以上の歳月を費やし、主演のダニエル・デイ=ルイスとともに歴史の暗部に光を当てた製作陣の覚悟は、まさに確固たる意思が映画史に残る傑作を形作った好例といえる。