この楽曲に関して最も多い誤解が、「1789年のフランス革命(バスティーユ襲撃)を描いた歌である」という認識です。歴史的事実を検証すると、劇中で描かれているのはフランス革命から40年以上が経過した1832年6月の「六月暴動(六月蜂起)」です。
当時のフランス・パリは、1830年の「七月革命」によって即位した国王ルイ・フィリップの失政、深刻な経済不況、そして致死率の高いコレラの猛威によって貧困層が極限まで追い詰められていました。そうした混乱のなか、民衆の絶大な支持を集めていた数少ない共和派の英雄・ラマルク将軍がコレラで急死します。1832年6月5日、将軍の国葬に集まった数十万人の群衆をきっかけに、学生組織や労働者たちが武装蜂起を起こした事件こそが六月暴動です。
劇中で学生結社「ABCの友」を率いるアンジョルラスたちは、自由と平等を掲げて街頭にバリケードを築きますが、政府軍によって完全に包囲され、わずか2日後の6月6日には壊滅的な敗北を喫します。史実としては「鎮圧された名もなき若者たちの悲劇」でありながら、ユゴーは彼らの精神を称え、ミュージカル版では「たとえ肉体は滅びても、自由への意志は明日の光となって受け継がれる」という崇高な祈りへと昇華させました。