現在でこそ高校野球界の頂点に君臨する名将ですが、指導者への道は決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。
関西大学を卒業後、西谷監督はすぐに指導者の道へ進んだわけではなく、一般企業(民間企業)に就職しています。社会人として一度ビジネスの現場を経験したものの、「どうしても高校生に野球を教えたい」という情熱を抑えきれず、指導者を目指して教員免許の取得を決意。母校・関西大学の職員として働きながら野球部のコーチを務め、指導のノウハウを蓄積していきました。
転機が訪れたのは1993年。創部間もない大阪桐蔭高校野球部のコーチに就任します。当時の大阪桐蔭はまだ全国的な強豪ではなく、西谷コーチは連日泥だらけになって選手たちと向き合い、全国各地へ自ら足を運んで有望な選手をスカウトする日々を送りました。1998年11月、29歳の若さで監督に就任(のちに一時総監督などを経て2002年に再任)。情熱と緻密なチームビルディングにより、同校を全国屈指の超名門校へと押し上げました。