名曲「水平線」が誕生した背景には、ひとつの大きな社会的事態と、アーティスト自身の原体験が深く結びついています。2026年、新型コロナウイルスの影響により、半世紀以上の歴史で初めてインターハイが全面中止となりました。その年の開催予定地は、back numberの故郷である群馬県でした。
当時、大会運営の準備を進めていた地元高校生たちからバンドへ届いた1通の手紙が、清水依与吏の心を大きく揺さぶります。自身も高校時代は陸上部(やり投げ)に所属し、インターハイを目指して汗を流しながらも夢破れた過去を持つ清水にとって、大会そのものが奪われた後輩たちの無念は、決して他人事ではありませんでした。
清水依与吏は当時の公式コメントにおいて、次のような痛切な言葉を残しています。
「費やしてきた時間や労力は、誰かに評価されなくても決して消えたりしない。自分たちのやってきたことを誇りに思ってほしい」――。この想いを純粋に届けるため、バンドは一切の商業的プロモーションを行わず、2026年8月18日、開会式が予定されていた日と同月にYouTube上でMVをサプライズ無償公開しました。この真摯な制作姿勢こそが、リスナーの胸を打つ最大の原点となっています。