石原裕次郎の死因と壮絶な病歴|享年52歳・最期の真相と最後の言葉

石原裕次郎の死因と壮絶な病歴|享年52歳・最期の真相と最後の言葉

石原裕次郎の死因と壮絶な病歴|享年52歳・最期の真相と最後の言葉の概要と注目ポイントを徹底的にカバーしました。

1987年7月に入ると病状は急速に悪化し、黄疸や腹水の症状が顕著になりました。そして迎えた命日となる7月17日、裕次郎の意識は次第に混濁していきました。

病室には妻のまき子氏、兄の慎太郎氏をはじめ、愛弟子であり盟友として石原軍団を支えた渡哲也氏ら、ごく限られた近親者と関係者が詰めかけました。

裕次郎が息を引き取る直前、途切れ途切れの意識の中でまき子夫人に発した言葉として語り継がれているのが、「おい、勝手(台所)に行って、冷たいビールでも飲もうか」という一言です。

一見すると病床のうわ言のようにも聞こえますが、この言葉には、元気だった頃の日常へ戻りたいという切なる願いと、長年連れ添った妻への親愛の情が凝縮されていました。さらに、最期にまき子夫人の手を握り締めながら微かに漏らした「ありがとう」という感謝の言葉とともに、昭和の大スターは静かにその生涯の幕を閉じました。

渡哲也氏は後年の回想インタビューにおいて、「病室から出てきたときの裕次郎さんの穏やかな顔は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。あれほど壮絶に戦い抜いた人はいない」と声を詰まらせながら語っています。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。