アンコールワットは、12世紀前半にクメール王朝の国王スーリヤヴァルマン2世が約30年以上の歳月をかけて建立したヒンドゥー教寺院です。主神ヴィシュヌに捧げられたこの建築物は、中央祠堂を中心に須弥山(メル山)を模した精緻なシンメトリー構造を持ち、外壁には全長800メートルを超える精緻な浅浮き彫り(レリーフ)が刻まれています。
長年、考古学者や歴史研究者の間で最大の謎とされてきたのが「寺院が西を向いて建てられている」という事実です。クメール建築の通例として、寺院の主入口は日の出の方角である東側に配置されます。しかしアンコールワットのみが日没の方角である西を正面としていることから、死者の霊を祀る「墳墓寺院」として設計された説が有力視されてきました。しかし近年の天文学的アプローチによる解析では、春分・秋分の日に太陽が中央祠堂の真上から昇る計算が組み込まれていることが判明し、王権の神格化と太陽信仰を結びつけた高度な宗教的装置であったという見解が定着しつつあります。
さらに、航空レーザー計測(LIDAR)を用いた国際共同研究チームの調査により、アンコール地域には当時世界最大規模となる約1,000平方キロメートルに及ぶ低密度水系都市が存在していた証拠が提示されました。網の目のように張り巡らされた巨大な貯水池(バライ)や運河網は農業生産と都市輸送を支えていましたが、14〜15世紀に発生した激甚な気候変動(長期の旱魃とそれに続く壊滅的な豪雨)によって水利インフラが破綻したことが、王朝衰退と都市放棄の決定的な要因であったと解明されています。