流山おおたかの森の歴史的背景を紐解くと、大都市地域における宅地開発及び鉄道整備の一体的推進に関する特別措置法(宅鉄法)に基づく「流山都市計画事業新市街地地区一体型特定土地区画整理事業」によって、計画的に切り開かれた街であることが分かります。かつてオオタカが生息する広大な山林地帯だったこの場所は、短期間で劇的な変貌を遂げました。
全国の自治体が少子高齢化に悩むなか、流山市人口急増の真相は徹底した子育て世帯マーケティングの成功にあります。しかし、急速すぎる人口流入は行政インフラに明らかな軋みを生じさせました。その象徴が、流山おおたかの森保育園激戦事情です。市は新設認可園をハイペースで増設し、「待機児童ゼロ」をアピールしてきましたが、実質的に希望の園に入れない「保留児童」の多さは深刻な課題として横たわっています。
その受け皿として注目を集めたのが、駅前で子どもを預かり各保育園へバスで運ぶ「送迎保育ステーション」です。行政の先進事例として全国から視察が相次ぐ一方、実際の送迎保育ステーション評判を現場で取材すると、賛否両論の声が聞こえてきます。
「通勤動線上で預けられるため本当に助かっている」という感謝の声がある半面、「毎朝決まったバスの発車時刻に遅れられないプレッシャーが凄まじい」「悪天候や交通渋滞による遅延時の連絡調整で気をもむ」「園の日常的な様子や保育士の顔が直接見えにくく、子どもの日々の変化を把握しづらい」といった心理的ストレスを吐露する保護者も少なくありません。
さらに、未就学児の成長に伴い問題は流山おおたかの森学区教育環境へと波及しています。流山市おおたかの森センター周辺に位置する小中学校併設校をはじめ、新設された小中学校は瞬く間に児童数1,000人を超えるマンモス校化が進みました。プレハブ校舎の増築、校庭を使える学年の交代制、運動会や音楽発表会の学年別分散開催など、子どもたちが日常の学校生活で受ける制約は看過できない水準に達しています。