「自分で応募用紙を書いた記憶は一切ない」——。髙地優吾自身が後にテレビ番組やロングインタビューで何度も語っている通り、芸能界入りのきっかけは完全なる中学時代の友人による勝手な他薦応募でした。
当時、髙地は地元・神奈川県のサッカークラブに情熱を注ぐ生粋のスポーツ少年でした。芸能界には1ミリも興味がありませんでしたが、中学の同級生たちが「髙地を番組のオーディションに応募してみようぜ」「受かったら図書カードやゲーム機がもらえるらしい」と、半ば悪ノリで日本テレビの募集要項に履歴書を送付したことがすべての始まりです。
ある日突然、自宅に届いた一次選考通過の通知書に家族全員が仰天しました。本人は「絶対にオーディションなんか行かない」と頑なに拒否しましたが、「記念になるから行くだけ行っておいで」と背中を押したのが両親でした。会場に足を踏み入れた髙地は、周囲がバク転を決めたり華麗なステップを踏んだりする異様な光景に圧倒され、「早く帰ってサッカーがしたい」と心の中で嘆いていたと述懐しています。
しかし、その無欲で飾らない佇まいこそが、当時のジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川氏の審美眼に留まりました。実技テスト中、うまく踊れず照れ笑いを浮かべた髙地に対して、ジャニー氏は「YOUの笑顔は最高だよ。ダンスなんて後からいくらでも上手くなる」と声をかけたと伝えられています。本人の意思とは無関係に始まった他薦劇は、稀代のプロデューサーとの出会いによって、逃れられない宿命へと変わっていきました。